第45回日大ベンチャー・ビジネス・フォーラム
「私の経営歴」
- 2006年3月8日(水) 開催 -

1990年代から産業空洞化と言われてもう15年。バブル崩壊、平成不況など日本経済は大きな波を 乗り越えようとしています。中国、インド、ベトナムなどの発展は著しく、大手メーカーが これらの国々へ進出することにより、仕事を失っている中小企業は少なくありません。
その中で技研精機鰍ヘ1969年に15名で設立された小さな会社ですが、今は社員数10倍の150名までに成長しました。 しかも本田技研工業、キヤノンという日本を代表する大手を顧客としながら、他国への進出を強要されることなく、 どちらからも欠かせない存在になっています。なぜ不況の中でここまで成長できたのか?そのヒントを、 この「私の経営歴」から読み取って頂ければと思います。

ご関心のある方々のご参加をお待ち申し上げます。

開催日時 2006年3月8日(水) 15:00 - 17:00  交流会: 17:00-19:00
会  場 日本大学会館 6階 601B会議室
〒102-8275 東京都千代田区九段南4-8-24
(地図参照)
交  通 JR・地下鉄 「市ヶ谷駅」下車靖国通り 徒歩2分
参 加 費 1,000 円 当日集めます。
交流会費 講演後,地下食堂で交流会を開きます。会費1,000円を当日集めます。
申込締切日 2006年3月6日(月)
定 員 70 名
申込方法 申込書に該当事項を記入の上,NUBIC事務局 FAX:03-5275-8328
または E-mail: nubic@adm.nihon-u.ac.jpにお申込み下さい。
申込書:    MS-WORD     
コーディネータ 日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 
           ベンチャー・ビジネス・コース 主任教授  柳下 和夫
講演内容 1 東京への決心
修学旅行    ⇒ 東京は日本の中心と悟る
岩谷産業入社 ⇒ 東京営業所へと要望
2 経営暦
1961年(昭和36年) 且R本機械製作所 専務取締役
1968年(昭和43年) 一回目の危機 不祥事発生
1969年(昭和44年) 技研精機梶@設立
1977年(昭和52年) もう一社の代表取締役 就任 
1979年(昭和54年) 二回目の危機 業績不振
1980年(昭和55年) 竃{田技研研究所・朝霞研究所開発部品開拓
1989年(平成元年 ) キヤノン半導体超精密部品に挑戦
3 心得
事業は人なり、設備なり
同業他社を勝ち抜く
顧客の信用を勝ち取る
講 師 宮崎 昭(みやざき あきら) 氏
技研精機 株式会社 代表取締役社長

1958年3月(昭和33年) 日本大学経済学部卒業
1958年6月(昭和33年) 岩谷産業入社
1961年5月(昭和36年) 且R本機械製作所 専務取締役 就任
1969年1月(昭和44年) 技研精機梶@代表取締役専務 就任
1974年2月(昭和49年) 且R本機械製作所及び技研精機梶@代表取締役社長就任
1980年2月(昭和55年) 且R本機械製作所 代表取締役社長 辞任
1980年2月(昭和55年) 技研精機梶@代表取締役社長 専念
2004年4月(平成16年) 技研精機梶@資本金5400万円迄 増資
2004年10月(平成16年)関連会社栃木県芳賀町技研精機叶ン立 
共同主催 日本大学産官学連携知財センター (NUBIC)
日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 (NBS)

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